私の子育て日記

長女が年中、次女が年少の時に息子が産まれました。

 

長女を産んだ時は、全てが初めてだったので、子育てを楽しむというよりは、育児書や雑誌を頼りに、やらねばならないことをこなしていたら、大きくなってしまった感じでした。次女が産まれたのは、長女がヤダヤダ2歳真っただ中で、ばたばたと子育てに追われて、日々が過ぎていきました。

 

息子が産まれた時には、”今度こそ、子育てを楽しむぞ!”って気持ちで子育てを始めました。最初の1年は、3人の子育てがあまりにも大変で、おまけに夫が転職して仕事が忙しく、手伝ってもらえる状況ではないし、体調をくずしたりしましたが、出来る限り手を抜いて「むすこをめでる」(*^^*)ことを目標に子育てしました。

 

ほんとはね、子育てのお約束、2人目が産まれたら、上の子をスペシャルケア・・・(これは出来た)3人目が産まれたら、真ん中の子をスペシャルケア・・・なのですが、出来なかった。ほんとに次女ごめんって思ってます。案の定、次女は小さい頃「私の大好きなお母さんとおねえちゃんをとった、にくいにくい○○ちゃん」って、ことあるごとに息子をいじめていましたし、息子も、次女の事を怖がっていました。ほんとに良くないですね、はい。

 

でもね、39歳で息子を産んだんですよ。もう気分は孫。そして、ちょっと年が離れて男の子。仕方ないでしょ。まあ、それが子供にとって、良かったか悪かったかは話は別で、もう上の二人のお姉ちゃん達の子育てのように、ちゃんと育てないと!って気力もなく、ただかわいがるという、いいんだか悪いんだかわからない子育てをしてしまいました。

次女には「お母さんは○○を甘やかしすぎ。きっと大きくなったら困るよ」って言われましたが、確かに困ったこともありました。でへ。でも、過ぎてしまったから、仕方ないですよね。もう年取って、子供をちゃんとしつけるとか出来る気力がなかったのです。

 

幼稚園の時も、お姉ちゃん達は髪を長くしてたので、ドライヤーで寝癖をなおし、可愛い髪形にして、おリボンや髪飾りをつけて、そのかわり私は顔も洗ったか洗わんかで、時には(冬はほぼ(*^▽^*))クレヨンしんちゃんのみさえもやってたけど、ドライブスルーで降ろしてくれるのをいいことに、パジャマの上にコートを着て、幼稚園に送っていったこともありました。(*'▽')

 

それに、息子は喘息くんで、生後半年から喘鳴があり、1歳の誕生日は病院で入院中だったので、余計に息子にはあまくなってしまったのでした。結局、小学校高学年まで、調子が悪くなる時もありました。そのころ父の体調が悪く、入退院を繰り返していて、病院に行く日はお迎えに間に合わなかったりもするので、ちょっと悪いとお休みしちゃう日もありました。

 

なので、幼稚園は行けばよし。休んでもよし。というスタンスでした。お姉ちゃん達は、時間に間に合って行かせるため、何度も「早くしなさい!」って言ってたような気がする。でも、息子は時間に入れたらすごい!!ぐらいに思っていました。だって、幼稚園って義務教育じゃないし、息子が行っちゃったら、私さみしいもん。(*^▽^*)遅刻するとドライブスルーはないので、教室まで息子を連れていくと、息子みたいに遅刻しちゃった子たちは、外の朝礼も出ずに、うきゃうきゃ教室で遊んでました。なんか、今までとは違う景色を見たような気がしました。でも、これ正解じゃないですからね。多分。後から落とし穴は待ってましたからね。(*_*;

 

そうなのです。ちゃんと人間って、したことの帳尻はあってるのかもしれん。

 

小学校になり、分団会の時に、たまたま私は役員で、教室の後ろに座っていたのですが、近所のちょっと気の強い1歳上の女の子が、「先生!○○君が毎日来るのが遅くて、困ってます!」って言いました。先生が「なんで遅れるんですか?」って息子に聞いたら、そもそも気の強くない息子は、私が後ろにいたので甘えていたのもあって、私の顔を見て、目に涙をいっぱいためて「したくが早く出来ないです。(;_:)」って言いました。

 

お姉ちゃん達みたいにちゃんとしなくても、小学校の集団行動で、少しづつ学んでいくのかしら?とは思うけど、同じ分団の子たちにはごめんなさいです。ま、もっと遅い子もいたからね。うふふ。

 

小学校って色んな子供がいるから、どっちが正解かほんとにわからないですけどね。