私の子育て日記 共通テスト

この前の土日は、共通テストでした。息子は高3の受験生です。息子も受験しました。

 

私は何にもしてやれないから、せめて神頼みにいこうと思い、市内で三社天神めぐりなんてのがあるのをネットで見つけたので、週末に行ってきました。

 

まず一社目で絵馬を買って、裏にハンコみたいなのを押してもらう。そして、二社目もハンコを押してもらって、三社目に押してもらったら、お守りがもらえるってシステムです。スタンプラリーみたいですよね。

 

でもさ、神社で合格祈願して「うちの息子がいい点とれますように」って何か違う気がするので、「息子が精一杯の力がだせますように」ってお願いしました。だって、結果が悪くても、それが息子の力なら仕方ないですよね。それよりも、「もっとやっときゃ良かった。」って後悔する方が、一生心に残りそうだなって思うんです。

 

でもね。一社目、二社目は良かったんだけど、やっぱり三社目で祈願の絵馬を書いた時には、「息子が精一杯で努力して、希望の大学にいけますように」って書いてしまった。てへ。(*^_^*)

 

でね、結果なんですけど、一日目のテストは長女の忠告により、自己採点しなかったのですが、(悪かった場合に次の日の試験のモチベが下がるから)二日目のテストが終わっても息子は自己採点しなかったんです。

 

おかしいですよね。

 

だって、共通テストの出来で志望校を考えるのに、自己採点しないんですよ。

 

ま、理由があるのですが・・・

 

息子は、どうしてもここに行きたいって大学があって、ダメでも受ける。落ちたら浪人してもいいって覚悟が、出来ているみたいなんです。だから、共通テストで何点取ろうが、志望校はかわらないから、下手に自己採点して、その後の勉強のモチベが下がるのが怖かったらしいです。お姉ちゃんには豆腐メンタルって言われてたけど。

 

それにね、2校しか受験しないのです。行きたい大学の他にもう一校だけです。それも、受験に慣れるためだけにです。

 

心配だけど、息子が決めたんだから仕方ないですよね。

 

でもね、長女の同僚に話したら、自己採点しない人って始めて聞いたと言われ、次の日学校に行ったら友達にやいのやいの言われ、言われるのがめんどくさいから、結局自己採点しました。

 

結果はね、自分が取りたいと思っていた点数の、マイナス4点でした。息子曰く息子の志望校は、2次の配点が高いので、2次で稼ごうと思っていて、最低でもそれくらいって思っていたらしいです。それに、最終的に共通テストの点数は、その大学は半分で加算されるので、実質マイナス2点ってことです。

 

合格圏内ではないんです。(;_:)

 

でもね、息子が言うには、めっちゃいい線いってるって言うんです。

 

合格圏内の点数を取ったら、自分の性格だと油断してしまう。でも、あまりにも低すぎると勉強へのモチベが下がる。だから、ちょうどいい感じの点数だったって言うんです。

 

まあそりゃそうだけどさ、母は安心出来ないです。

 

でも、最後まで精一杯って、神さまに願った通りになりそうです。後悔がないように努力して欲しいです。

 

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私の子育て日記 夫編➂

全く子育てに関係ない、夫の話なのですが・・・

 

昨年末に、夫がくも膜下出血の手術をして、現在自宅療養中です。

 

ずーっと夫が家にいるのって、ちょっと・・・ですね。

 

手術の前は、夫も子供たちも帰りが遅いので、夕飯もゆっくり作っていたのだけど、今は早い時間に作らなきゃいけない。今まで夫が元気な時は、家事も多少手伝ってくれたのに(ゴミ出しとか、お布団敷いたりとか)今は夫に頼むわけにはいかない。

 

それにね、退院してから、私の作る料理に文句を言うようになりました。

 

「こんなの食べれない。」って。前は、どんなものを出しても、文句言わなかったのに、最近言うようになりました。

 

ちょっと前に夫が、「カレーが食べたい。」って言いました。うちね、息子がカレーあんまり好きじゃないんです。(子供なのに)なので、あんまりカレーって作らなかったのです。でも、夫が食べたいって言うから、たまには作ろうかなって思いました。

それもね、「変わったの作らなくていいから。何にも入れなくていいから。ジャガイモもいらない。」って言うんです。さすがにそれを聞いていた長女が、「ジャガイモの入ってないカレーなんてカレーじゃない!」って言ったので、夫はあきらめました。

 

私はね、それまでは、野菜をたくさん とって欲しいから、ナスとかズッキーニとか、キノコとか入れてたんだけど、それも嫌だと言いやがる。

 

で、昨日、夫と近くのショッピングモールでお昼を食べて、夫は、リハビリの散歩がてら歩いて帰るというので、「私は買い物して車で帰るね。カレーの材料買って帰るわね。」って言いました。そしたら夫が「カレー辛いのにしてね。」って言ったので、「でも、辛いのは○○(息子の名前)が嫌がるから。」って言ったら、「じゃあいらない!」って言うんです。

 

で、しょうがないから、辛いのと、辛くないのと、両方のカレールーを買って帰りました。

 

なんか腑に落ちない気持ちを持ちつつ、帰って来たのですが、夫の変化に思い当たるふしがあって・・・

 

入院中に私、夫が死んだらどうしようって思って、集中治療室にいる間、滅入るといけないと思って、毎日夫に手紙を書いて看護師さんに渡してもらっていました。

 

その時ギリギリだったので、今読んだら黒歴史とも言えるような事も書いていたんです。

 

”パパが死んだら私も死んじゃう”とか(*^▽^*)

 

で、それ読んで、ちょっとお調子にのっちゃったのかもって、思いました。

 

でね、散歩から帰ってきた夫に、

 

「ねえねえ、もしかして病気でみんな優しいから、ちょっとお調子に乗ってなあい?」って聞きました。

 

そしたら夫が、

 

「そんな事ないよ。」って言ったけど、にやって笑ったのを、私は見逃しませんでした。(^_^)なんか悪い顔してたんですよね。ばれたかって感じ。

 

そうなのです。うちの夫って、ウソがつけないのです。機嫌がいいのも悪いのも顔に出ちゃうのです。口数は少ないんですけどね。

 

それから、ちょっと夫の困ったちゃんはおさまったようです。(^_^)

 

仕方ないから、今日は辛いのと辛くないのと、両方作ろうかな。また、仕事に復帰したら、忙しい毎日がやってくるから、しばらく家にいる間は、困ったちゃんも許してあげようかな、なんて思ったりしています。

 

読んで下さりありがとうございました。

 

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私の子育て日記 家族編

久々の投稿です。夫がくも膜下出血で緊急手術、入院と忙しい日々を過ごしていましたが、おかげさまで1月6日に退院して、現在自宅療養中です。

 

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あたたかいコメントを頂き、感謝しています。

 

夫の入院、北陸の地震、羽田の飛行機事故と、命の大切さを痛感する年末年始でした。

 

長女の同僚が輪島の人で、お正月に帰省すると聞いていたので、無事を確認するまで落ち着かない時間を過ごしたり、息子が高3で受験生なので、最後の神だのみに行ったり、主人の病院も、病室ではなく談話室でならと、面会を許可してもらえたので、毎日通って、身も心も忙しい年末年始でした。

 

夫が帰ってきてからもね、でへへ、今まで真面目に家事をしてなかったツケが回ってきたのか、ちゃんと主婦するのはしんどいわ。まさか、血管の切れた夫に「自分でラーメン作って食べといてね。」なんて言えないですよね。それに、退院の時に、先生に食生活を改善するように言われたので、ちゃんとしたものを作らないといけないので、忙しい日々を送っていました。

 

ところで、男の人ってさ、50歳過ぎたあたりから、ワガママになると思いませんか?うちだけですか?

 

入院中に息子と二人で面会に行った時の事ですが、私が「退院したらお寿司食べに行こうね。」って言ったら、「俺は寿司はそんなに好きじゃない!!」って言われて、「はあ?」って思いました。

 

それまでの夫の生活ってひどかったんです。

 

私が、外食ばかりじゃ体に良くないからって、お弁当を作ろうとしても、「牛丼が食べたいからいい。」って言うし、会社の健康診断では、要検査ってずっと出てるのに、「どうせ痩せろって言われるだけだから。」って行こうとしないし、「ちょっと運動した方がいいんじゃない?」って言っても、「いい。」って、家でゴロゴロしてたんです。

 

で、現在に至っているんですよ。

 

くも膜下出血は、血管にこぶが出来て破裂するもので、脳梗塞みたいに血管が詰まって起こるものではないらしいのだけど、血管が破裂したのは、ドロドロ血液と高血圧も関係あるんじゃないかと私は思うのです。

 

だから、魚の方がいいかと思ってお寿司に行こうっていったのにさ、ひどいでしょ。

 

家に帰って息子に、「パパひどいよね。」って言ったら、息子も「うん、ひどかった。」って言ってました。その言葉で、私も、そうだそうだ!私可哀そう!!って思い、次に長女と次女と病院に行った時に、その話をしました。実は嫁姑の事でもちょっと揉めたんだけど、それも「やっぱりひどくない?」って言いました。病気の夫に四の五の言うのは申し訳なかったけど、だからって、夫も姑も、嫁に言いたい放題ってどうよ!って思ったのです。

 

そしたらね、次女が、

 

「お父さん、そういう時は、お母さん、いつもありがとうって、お母さんに言うんだよ。」って言ってくれました。次女っていつも私の味方してくれるのです。前にも「お父さんは、お母さんに当たりが強い。」って、夫に言ってくれたこともありました。

 

長女も面会の時に夫と私が和むようなお話をしてくれたり・・・

 

家に帰って息子にそれを話したら、「でも、お母さんの言い方も押しつけがましかったよ。」って言われて、はっとしました。

 

夫婦では補いきれない所を、子供が足してくれてるのかなって思いました。

 

子供たちにとっては、夫も私も親だから、上手く行くように気にしてくれるのかなって思いました。子供の方が大人になったのかも知れませんね。

 

夫も私も完璧な人間ではありませんし、育った環境も違うので、どっちがいいとか悪いとかではなくて、違う人なんだって受け入れられれば楽なのかもしれません。でも、出来ない時もあるんですよね。そんな時に子供たちが助け舟を出してくれるのってありがたいなって思いました。

 

子はかすがいって世で言われてるけど、ほんとかもしれないって思いました。私と夫じゃ収まらない事も、子供のお陰で収まったりするんですよね。夫も娘たちの言うことなら聞くのです。

 

子供たちも、本当に私と夫の子供なのだろうか、この子たちは本当に同じ親から生まれたのかと思うくらい三者三様です。

 

もしかしたら、5人で助け合って個性を生かしあって1つの〇なのかも知れないって思いました。

 

今まで毒母といい、姑といい、そして3人の子育てといい、大変な思いをしてきました。でも、今の1つの〇を作るために、今までの苦労があったのかもしれない、これが私にとっての結婚だったのかもしれない、(結婚の形は人それぞれですから、それぞれ正解は違うと思います。)もしかして、もう、ゴール目前なのかもしれないなって思った年始でした。

 

読んで下さりありがとうございました。

 

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私の子育て日記 夫編②

前回、夫の病気の件を書きましたが・・・

 

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色んな方から、あたたかい励ましのコメントを頂き、とっても感謝しています。ありがとうございました。<m(__)m>皆様のあたたかさをひしひしと感じました。

 

夫ですが、おかげさまで27日の夜、一般病棟に移動できました。一般病棟になって、携帯が使えるようになったので、何やら毎日持っていくものがあって、忙しい毎日を送っていて、なかなかブログを書く時間がありませんでした。心配して下さった方々に、報告したかったのですが、遅くなって申し訳ありませんでした。

 

ありがとうございました。<m(__)m>

 

でね、子育てと全く関係ないのですが、昨日は色んな事があって、それを書こうと思います。

 

主人の会社の方が、心配して毎日電話をくださったのですが、実はこの方が「うちに来ない?」って声をかけて下さって、主人は今の会社に転職したのです。それで、毎年この時期に感謝の気持ちで蓮根を送っているのです。私の実家は蓮根の産地で、いい蓮根が買えるので、それを送っているのです。いつも、とっても喜んで下さるので、昨日は長女に夫の病院に行ってもらって、私は蓮根を買いに実家の方まで行きました。車で2時間かかるので、ちょっと大変なんだけど、昨日を逃したら、もうお正月に間に合わないから、急いで出かけました。年によっては買えない時もあるんだけど、今年は暖かかったのでいい蓮根が買えて、むふふって思って、ついでに実家のお墓に行こうと車を運転していた所、道の左の歩道に人が倒れていました。私は「???死んでる?!」って思ってびっくりして、反対側のホームセンターの駐車場に車を停めて、そこに走って向かいました。

 

そしたら、そばにいた若いお兄ちゃんが、その人を助けようと起こしていました。「良かった。生きてた!」って思いながら近くにいくと、おじいちゃんが自転車で転んで、起きられなかったようでした。「大丈夫ですか?」って聞いたら、家でも良く転ぶんだって言ってました。ちょっと前も転んで、しばらく病院にいたそうです。「しばらく休んだら大丈夫だから。」っておじいちゃんは言ってたけど、そのまま返すのは心配ですよね。そしたら、若いお兄ちゃんが「救急車呼びましょう。」って電話をしてくれて、てきぱき対応してくれました。若い女の子も心配してやって来て、「救急車来るのはいいけど、自転車はどうしようね。」なんて話していました。歯医者さんの前で転んだので、「歯医者さんに預かってもらおうか。」なんて話していました。

 

私は、お子さんとかいるなら、その方に連絡した方がいいと思い、聞いたのだけど、お子さんも親せきもいないそうです。年取って一人って気の毒だなって思いました。

 

救急車って、誰か一緒について行かなければならないから、そうしたらどうしようか、なんて思っている間に救急車がやって来ました。救急隊の人が、おじいちゃんとお話ししていて、「あとは私たちにお任せ下さい。ありがとうございました。」って言われました。自転車も「私たちがなんとかしますから。」って言ってくれて、私たちは安心して、その場を離れました。

 

それから、実家のお墓に行って、家に帰ったら、7時になっていました。家に着いたと同時に、夫の病院に行ってた長女から電話がかかってきました。

 

長女が「あのね。おばあちゃんに会っちゃったの。鍵を亡くしたから、うちに泊めてって言うの。お母さん来てくれない?」って、「あ、行っちゃう行っちゃう!」って謎の電話をかけてきました。

 

よく聞いたら、家の近くの駅に着いたんだけど、そのおばあちゃんが家の鍵がないらしく、家に入れないから、困ってたそうです。心臓が悪くて救急車で病院に行って、検査をして帰る所だったんだけど、鍵を病院に忘れたって言うんです。で、私は車でそこまで行って、まず、病院に電話して鍵が忘れてなかったか聞きました。そしたら、鍵は無いって言われたんです。で、そのおばあちゃんが、「お姉ちゃんとこの犬小屋でいいから、一晩泊まらせてくれない?」って娘にいったらしいです。「帰って外で寝るからいい。」とかも言ってたみたい。そんなさ、心臓が悪い人外で寝たら大変じゃないですか。そもそも犬飼ってないし。でも、まさか全く知らない人を家に泊めるのも、ちょっと勇気がなかったので、駅の前の交番にいきました。

 

最初、おまわりさんも、私の説明では意味がわからなかったらしくて、「???」だったのだけど、わかってもらえました。(私も娘の話しでは最初意味がわからなかったので、当りまえだと思うけど。)それで、おまわりさんが、「私たちで何とかしますから、大丈夫です。」って言って下さり私たちは安心して帰りました。

 

おばあちゃんも安心したみたいで、「ありがとうね。」って言ってくれましたし、私も「お大事にしてくださいね。」って言って帰りました。

 

帰り道、娘が言うには、「私は身寄りもないから、もう死んでもいいんだよ。」とか、「さみしい。」とか言ってたそうです。

 

もしかして、鍵は本当に病院に落としたのか、救急車で運ばれる時に、鍵をしないで出かけたのかわかりません。でも、ちょっと誰かに気にかけてもらって、安心したのかなって思いました。

 

いらない命なんて一つもないですもんね。

 

それにしても、救急隊の人とか、警察の人とか、ちゃんと仕事してて、ありがたいなって思いました。主人の病院のお医者さんや看護師さんも、クリスマスもお正月もないお仕事ですもんね。こういう人達がいて、ちゃんと仕事を全うしてくれてるから、私たちっていられるんだなって思いました。

 

実は夫の入院費なんですが、ネットで調べたら、夫のした手術って健康保険を使って3割負担でも50万って載ってて。「ひょえ~!」って思っていたのだけど、健康保険に入っていると入院費の上限があるらしく、びっくりするほど安く済みそうです。生命保険の入院保障があるので、それでなんとかなるくらいで済みそうです。夫は幸い年明けに退院できそうなのですが、もし、長期間働けなくてお給料がでなくても、健康保険から、お給料の3分の2は払ってもらえるって、主人の会社の人が言ってました。

 

日本に生まれてこれたのって、ほんとにありがたいことだなって思いました。贅沢しなければ、最低限の命は保障してもらえるシステムが整っているんですよね。

 

若いころ、フィリピンのトンドスラムの、マザーテレサホームを訪問したことがあったのですが、いよいよ危ない老人とか、子どもや赤ちゃんを保護していたのですが、それは私設のものだったけど、日本は公的なもので、ちゃんとまかなえてるってすごいことだなと思いました。

 

それに、おじいちゃんの第1発見者のお兄ちゃんとか、心配して一緒に救急車を待っていてくれた若いお嬢さん2人とか、知らないおばあちゃん保護しようとするうちの娘とか、そして、そして、ブログで知り合った私に励ましのコメント下さる方々とか、なんか・・・ありがたい。(;_:)

 

日本って国に、この時代に生まれられたってありがたいなって、しみじみ人のあたたかさを感じた昨日の出来事でした。

 

来年からはブラック照山を封印し、ホワイト照山として、感謝で毎日を過ごそうと思いました。

 

あ、でも昨日次女とまたケンカしちゃった。てへぺろ。(*^▽^*)

 

読んで下さり、ありがとうございました。読者登録、スター、コメントありがとうございます。ブログを書く励みになります。

 

皆様の新年が素晴らしいものになるよう、祈っています。今年はありがとうございました。良いお年をお迎えください。☆彡

 

 

 

 

 

私の子育て日記 夫編

前回の続きを書こうと思っていたのですが、ちょっと大変な事が起こりました。

 

主人とはね、恥ずかしながら、あまりうまく行ってなくて、前にブログにも書いたのですが・・・。

 

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でね、大変な事なんですが・・・

 

13日の夜、急に夫が吐いて、てっきり胃腸風邪だと思っていました。

 

次の日も苦しそうだったので、会社を休んで病院にいって、胃腸風邪の薬をもらって飲んでいましたがいっこうに良くなりませんでした。

 

その次の日も休んで、病院で血液検査をしたのですが、異常はありませんでした。ただ、夫は、背中が痛いって言ってて、食事も13日に吐いて以来、ほとんど取れませんでした。

 

「脳の検査をしましょう。」と先生に言われましたが、そもそも行った病院は、小さな個人でやってる病院で、検査が出来ないので、脳の検査の出来る病院に、紹介状を書いてもらおうとしましたが、土曜日で予約がいっぱいで、予約が取れませんでした。

 

背中が痛いので、日曜日に近くに針治療に行ったのですが、「余計悪くなった。」なんて言ってました。家の近所だったのですが、背中が痛すぎて、病院のスリッパのまま帰って来たらしく、たまたま私はその日出かけていたのですが、帰ったら玄関にスリッパがあるので、「パパったら・・・」なんて思ってたんですよ。

 

で、次の月曜日、かかりつけの個人病院にお願いして、脳の検査をしてくれる病院の予約を取ってもらいました。18日のことでした。

 

脳の検査をしたら、「夕方、早めに個人病院に行って下さい。」と言われたのですが、私は、軽い脳梗塞で、薬を飲めば治るでしょ。ぐらいに思っていたのですが、個人病院に行くと、「今から紹介状を書きますので、すぐ大きい病院の救急外来に行って下さい。」って言われたんです。

 

でもね、あんまりたいそうな事とは、その時も思ってなかったんですよ。だって、普通にしゃべってたし、しんどそうだったけど自分で歩いていたんですよ。

 

でもね、大きい病院の救急外来に行って、研修医の先生に診てもらって、「肉が好きなんですよね~」なんて主人が言って、先生が「おいしいですもんね~」なんて、最初はお話ししてたんだけど、脳の画像を見たら、その先生が突然、アワアワし始めて、奥へ走ってったんですよ。

 

って言うか、この状態で意識があるのにびっくりされました。

 

でね、もうあんまり覚えてないんだけど、検査してすぐに手術をすることになっちゃったんです。(*'▽')

 

診断は、くも膜下出血でした。(;_:)血管にこぶが出来てて、すでに破れた所があって。また破れたら大変な事になるって言われました。くも膜下出血って、発症した人の3分の1は亡くなって、3分の1は障害が残って、元の生活に戻れるのは、発症した人の3分の1なんだそうです。

 

私は、まさか、さっきまでしゃべってた主人が、そんな大変な病気だったなんて思ってもみませんでした。

 

手術って言っても、ちょいちょいで済むものだと思ってたら、先生が「お子さんも呼んだ方がいいです。」なんて言うから、やっと、これはえらいことになったと思い始めたのです。

 

うちの夫は、ついさっきまで「肉が好きです。(#^.^#)」なんて言ってたんですよ。

 

あんまりもう思い出せないんですけど、

 

どうしよう・・・パパが死んじゃったらどうしよう・・・って思い始めました。

 

個人病院が4時からだったので、1番に行って、そこから手術をした病院まで30分ほどで行けるのですが、手術が終わって、まだ麻酔が効いて眠ってる主人を見たのは、次の日の12時を回っていました。

 

前にも書いたのですが、夫は来年から海外に単身赴任をする予定でした。夫と気まずくなるたびに、「もう少しで海外に行くんだから、それまでの我慢だわ。」なんて思っていたのですが、その時には、

 

どうしよう。パパが死んじゃったらどうしよう。せめて命だけでも助かって欲しい。生きていて欲しい。って気持ちに変わっていったのでした。

 

手術するにあたって、夫がそれまで着ていたものを渡されました。夫は、冬になるといつもぼろっちいフリースを着てるんですよ。私は、内心ではもう捨ててくれないかなって思っていて、提案もしたんだけど、「これがあったかいんだよ。」って言って、捨てる事を同意してくれないのです。隠してしまっていても、どこかから探し出して、もう裾がほどけているフリースをまた着ていたのです。それを見た時に、

「ごめんね。そんなに気に入ってるなら、私が直せば良かったね。」って思いました。

 

診察券を戻そうとして、夫の財布を開けたのだけど、私、夫の財布も携帯も見たことが無かったのですが、5000円ぐらいしか入ってなくて、財布もぼろっちくて、「ごめんね。」って思いました。

 

私は専業主婦なので、夫にお小遣いもそんなにたくさん渡してなくて、夫はこんなぼろっちい財布しか持ってなくて、家族のために一生懸命働いてくれて、お給料全部嫁に渡してくれて、それなのにまだ「もっと稼いできてよ。」なんてひどい事言ってたなって反省しました。

 

夫にごめんねって気持ちと、命だけは助かって欲しい、あやまりたいって思いました。

 

それでね、病院を出る時に気づいたんだけど、びっくりなんですけど、12月19日は夫との25回目の結婚記念日だったのです。

 

25年前、夫と、ただ、くだらない話をして笑っているのが楽しくて、何にもいらないから、この人と一緒にいたいと思って、2Kのアパートで結婚生活を始めたのに、25年の間に、ずいぶん私は変わってしまったなって思いました。

 

で、25年たって、やっぱり、もう何にもいらないから、夫の命だけは助かって欲しいと思いました。

 

夫がいるから、今の3人の子供との幸せな生活が出来ているのに、だんだんそれを忘れて、自分一人でやってきたみたいな気持ちになっちゃってたなって思ったのです。

 

ギリギリになって初めて、一番大切だったものに気づけました。

 

次の日の夕方に、やっと夫は意識を取り戻しました。意識が戻るまで、「そうだ!もしパパが植物人間になったら、わたしが家で一生面倒見よう。」なんて謎の妄想もしました。

 

集中治療室にいるので、面会は出来なかったのですが、看護師さんづてに「心配するな。」と伝言がありました。

 

これには、家族全員ツッコミどころ満載でした。その状態で、心配するなはないですよね。

 

おととい、先生に状況をお聞きした時に、少しだけ会わせてもらえました。会話も出来て、手足の麻痺もありませんでした。ただ、術後は脳梗塞のリスクがあるらしく、まだ安心は出来ません。

 

でも、何とか生きてさえいてくれれば、いいや。これから結婚50周年までの、折り返し地点で、最初の、いてくれればいいってスタートに戻って、結婚生活を送って行こうと思いました。

 

今日はクリスマスイブですね。お子様のいらっしゃるご家庭は、今、とっても忙しいかもしれませんね。数日前から、佐野元春の”聖なる夜に口笛吹いて”が、私の頭の中を、何故かぐるぐるしてるんです。(年ばれちゃう。(#^.^#))

 

もしかしたら、どんな状態であっても、ここにいてくれるって事が、一番素敵なことかもしれませんね。すったもんだあっても、一緒にいられるって、幸せだったのかもしれません。私は大事なプレゼントもらえたのかもしれませんね。

 

最後まで読んで下さりありがとうございました。

 

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コメントを頂いていてもお返事書けてない方、申し訳なかったです。これから、お返事かきますね。

 

ステキなクリスマスイブをお過ごしください。🎄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の子育て日記 勉強の話➀

机の上の勉強の話ではないです。

 

先日、長女と話していて、面白い事を言っていました。

 

来年、夫が海外に単身赴任するので、長女に、「お母さんもパパの単身赴任に向けて、英語の勉強しようかなあ。」って言ったら、「勉強は切羽詰まった時が、一番効率がいいと思うよ。」って言いました。

 

長女は、小学校の頃から勉強が出来たので、??って思ったのです。で、「じゃあなんで小学校の時は勉強してたの?」って聞いたら、「だって、小学校の勉強っておもしろいじゃん。」って言いました。

 

そうだったのか・・・実は前に書いたのですが、長女は小学生の時、朝30分、

お風呂から出て夕飯までの30分、宿題以外の勉強をしていました。

 

 

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私は、てっきりそれのお陰だと思っていて、私頑張ったじゃん!って思っていたのですが、それだけではなかったようです。

 

それについて、長女に聞いたら、

 

「でもさ、お母さんさ、前の日に私たちが寝るのが遅かったりすると、朝、可哀そうだから起こせなかったって言って、時々朝は無しにしてたよ。ま、夜はしてたけどね。」って言いました。

 

私の記憶と長女の記憶が、少々違っていたみたいです・・・(*^▽^*)

 

確かに小学校の勉強って、今思えば長女が言うように楽しかったような気がします。

 

カルタを作ってカルタ大会をしたり、近くのスーパーの、裏の作業場に入らせてもらって、見学させてもらったり、机の上の勉強だけではない勉強が、たくさんあったような気がします。

 

息子は、小学校1年生の生活の時間に、砂場で、おでこまで砂だらけになって嬉々として、なぜかひたすら穴を掘っていたこともありました。(*'ω'*)

 

それに、小学校の先生って、説明が丁寧ですよね。ほんとにゆっくり、誰にでもわかるように説明してくれますよね。

 

子育ての勉強で

 

”小学生は、遊びの中から学ぶ”って教えてもらいました。

 

あとね、

 

”宿題は先生とのお約束。約束が守れる子になるように、宿題は出来るといいですね。”ってS先生に教えてもらいました。なので、宿題はさせていました。

 

でも、なんで出来る子と出来ない子の差が出来るのか考えてみました。

 

集中力と国語力じゃないかなって思うんです。(私の意見ですけどね。)

 

長女が小学校に入った時に

 

「いい?先生のお話をよ~く聞くんだよ。それで、帰ってきたらお母さんに、先生がどんなお話ししてたか教えてね。」って言いました。

 

私は、子供の頃そうでしたが、先生のお話聞いてなくて、お空の白い雲を眺めていたら、あれ?先生何言ってたっけ・・・?ってなってました。てへぺろ。(*´ω`)朝礼の時の校長先生のお話も、「早く終わらないかな~」って、前に並んでる子の背中を見てたような気がします。てへ。

 

私がちゃんと聞ける子だったら、もっと出来るようになってたと思うのです。

 

それと、聞いた話を大人にわかるように話すのって、子供にとっては、ものすごく頭を使うことになると思うんです。(次女と息子は、聞いても忘れていた。(;_:))それに、もう一度話すことで、内容も残るんじゃないかと思うのです。

 

先生のお話を集中して聞く、そして理解する国語力があると、勉強も楽しくなるのかもしれません。勉強って、出来ないからつまらない訳でしょ。出来たら楽しいですもんね。出来たら周りに褒められるし、また頑張ろうって思うと思いませんか?

 

子育ての勉強でも、”談話学習”が大切ですって教えてもらいました。そして、お母さんにお話をたくさん聞いてもらってる子は、先生のお話がよく聞けるって教えてもらいました。確かに大人でも、心の中にもやもやしたものがあっては、人の話って聞けないですよね。まず自分のお腹が空っぽになってないと、人の話って入ってこないし、やる気も出ないと思うのです。(これは私だけかな?)

 

私は、長女に幼稚園の時から、その日幼稚園であったことを聞くようにしていました。違う理由からなのですが。

 

最初は、お話し出来ないんです。幼稚園の子供が、今日あったことを大人にわかるように話すのは、とっても難しいみたいで、最初は「えーっとね、あのね・・・」で、なかなか言葉が出てこなかったのですが、私は、勉強のためと言うよりは、初の子供の、初の幼稚園なので、心配で心配で聞いただけだったので、ちょっと待ったり、言葉を補ったりして、聞こうと努力をしました。

 

それとね、また、母が出てくるのですが、母って、私の事を何も知らない母でした。なぜって、私の事を何も聞かないからでした。何が欲しくて、どうしたいのか聞かないし、聞いたとしても、自分の意見を押し通す人でした。なので、私は自分の子供にはそうしたくなかったので、なんでも聞いてあげたいと思っていました。

 

ただ、次女と息子には、忙しくて長女にしたようには出来ませんでした。(;_:)次女は女の子なので、そのあと良く話すようになってくれましたが、息子はやっぱり今でも、ちょっとお話するのが苦手みたいです。

 

あとね、長女が、なぜ幼稚園の時に、その日あったことを話せるようになったかというと、やっぱり読み聞かせって大事だったのかなって今思います。インプットがないと、アウトプット出来ないですもんね。

 

私は、当時読み聞かせなんてしたら、私の方が先に寝てしまいそうだったので、長女と次女が小さい頃は、夫が読み聞かせをしてくれました。うちの夫って、読み聞かせ上手で、面白くない本でも面白く読む才能があって、長女と次女は、毎日夫の読み聞かせを楽しみにしていました。

 

男の人の方が、子供と一緒に遊んだり楽しむのは、上手なような気がします。(これはうちだけなのかな?)

 

あとね、インプットって言えば、小さい時の語りかけって、すごく大事な気がします。長女と次女には、出来ないながらもおむつを替えたりミルクを飲むときに、話しかけながら出来たのですが、3人目の息子はそれも出来なくて、おまけに息子が産まれてから主人の仕事がとっても忙しくて、読みきかせもあまりしてやれませんでした。そればかりが理由ではないと思いますが、息子は幼稚園に入る直前まで、言葉が出てこない子でした。

 

でもね、子育ての勉強で、子育ててって、あとからでも巻き返しができますよ。って教えてもらいました。

 

脳のしわってまだまだ増えますもんね。

 

息子に「おなかしゅきまちたね~。」って所から再スタートしてみようかな。(笑)

 

とりとめもなくなってしまったかもしれませんが、読んで下さりありがとうございます。まだ書きたい事があるのですが、長くなったので次回にしようと思います。

 

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私の子育て日記 100投稿目です。

今回で、ブログを始めて100投稿目になりました。

これも、読んで下さる方がいるから、書こうと思える訳なので、読んで下さり本当にありがとうございます。

 

私ごとですが、実は昨日、〇十〇回目の誕生日を迎えました。昨日投稿しようと思っていたのですが、出来なくて今日になってしまいました。私ってちょっと残念・・・

 

でね、ちょっと前にある方にコメントを頂き、返事を書いたのですが、書いていたら、「あれ?うちの息子って???」って思ったのです。

 

恥ずかしながらお伝えすると、うちの高3の息子って、よくお風呂に入らずに寝てしまい、朝シャンなんぞして、大急ぎで学校に行ったり、夕飯も食べすに寝てしまい、多分夜中に起きて食べた痕跡があったりするのです。部屋も汚いし。受験生なのにゲームしてますよ。

 

でも、私は受験勉強していて忙しいからしかたない。息子は、勉強頑張っているんだなって思っていました。息子に聞いたら、ゲームは家で時間を決めてやってる。塾は勉強するところ、家は休むところって思ってる。って言ったので、それなら仕方ないって思っていました。

 

でも、もしもすごくきちんとしているお母さまだったら、うちの息子って残念な息子ですよね。とほほ。(;_:)

 

私のブログの紹介で、子供たちのの学歴について書いていますので、もしかしたら読んで下さる方は、「美しい勘違い」をして下さっているかもしれませんが、私は、うちの子たちは私にとって最高の子供だと思っていますが、もし他のお母様が育てたら、???ってなるかもしれません。

 

人間なので、いい所も悪い所もあるのです。

 

人それぞれ考えはあると思うのですが、私はね・・・

 

学校って、勉強とか態度とかで評価されますよね。仕事もそう。どっちも数字。その子のホントの人としていい所って、あんまり評価されないですよね。

 

なので、せめて母ちゃんくらいは、子供の事を肯定してやろう。いい所を見つけてやろう。って思って、子供たちを育ててきました。

 

1年ほど前に、引き取っていた母が亡くなったのですが、最後に母に、「お父さんとおばあちゃんがあんたに甘いから、私が厳しく育てないとって思ってた。」って言われました。

 

私は正直???って思いました。

 

私たちが子供の頃は、学校は体罰当りまえ、会社もモラハラパワハラ当りまえの時代でした。

 

そんな中、家に帰って来てまた、母に四の五の言われ・・・心休まる場所がないですよね。

 

私はそんな母みたいな母にはなりたくなかったのです。

 

どこかで聞いたのですが、

 

円があって、ほんの少しどこかが欠けています。どこを見ますか?

 

そうすると、人間って完璧な円にしたくて、欠けている所を直そう直そうとするんだそうです。ほんの少し欠けている所以外は、ほぼ完ぺきな丸だったとしてもですよ。

 

世の中ってそうですよね。悪い所を指摘して、出来てない所を正そうとしますよね。社会ではそれが当たり前ですよね。もちろん社会はそれでいいと思うのです。

 

でもさ、子育てに関しては、かあちゃんくらいそれ以外を見てやらないと、子供がしんどくなっちゃうんじゃないかと私は思うのです。(あくまで私は、ですよ。人それぞれですから。)

 

ある方のブログで、世間様に育ててもらった。って書いてる方があって、いい言葉だなって思いました。

人としてどうなのよって事は、気を付けて育てましたが、その他は、学校やアルバイトや仕事に行っていたら、直さざるを得ない事ってたくさんあると思うのです。

 

長女は中学の時に、友達と歩いていたら、「どけ!!そこのノロマ3人組!」って言われて、しょげて帰って来た事がありましたし、姑にも言われた事がありました。確かにその通りなのですが、長女は、なんでもキチンとしてる子で、それだからこそ、することが遅くなってしまう子でした。なので、私は、そのいい所をそのまま娘に伝えました。悪い所は自分で気づかないと治らないかなって思って。

 

今年社会人1年目なのですが、ちょっと前に長女が、「仕事ってさ、正確も大事だけど、スピードも大事だよね。もっと早く仕事をしないとって思った。」って言ったのです。

 

回りから注意を受けたこともあったようだし、本人が残業したくないって気持ちもあって、自分で考えたみたいです。

 

出来ない所を、世間さまに育ててもらってるって思います。

 

長女の職場の方々、次女の部活や学校のみなさま、息子の学校の方々にきっと迷惑もかけていると思うけど、許してもらったり、教えてもらって生きてるんじゃないかなって思います。感謝してます。もう親は頭を下げるしかないです。(どこに向かっていいのかわからないぐらいの、たくさんの人にお世話になってると思う。)

 

そして、いつか子供たちも、自分がしてもらったように、職場の人や回りの人を許したり受け入れたりできる人になって欲しいと思っています。

 

読んで下さり、ありがとうございました。読者登録、スター、コメントありがとうございます。ブログを書く励みになります。